はじめまして

何かのご縁でしょうか。
このサイトをご覧いただけたことに感謝いたします。

ライティングeqという名前のサイトですので、何かしら執筆等に関する情報を探っていく中でたどり着いてくださった方もいるかと思います。

この投稿ページではコラムを掲載していく予定です。

WEBコンテンツの執筆という部分を軸にして、さまざまな業種、業界にて取り入れることのできる概念。

また個人の単位では、情報社会における泳ぎ方や生き延び方。
そうした部分をお伝えできればと考えています。

情報の多様化

その昔に文字が発明され、言葉での情報伝達は壁画や書籍等を介した方法に変化しました。

昨今、コンピュータ技術の進化、インターネット技術の進歩、通信網の整備などを経て、以前とは桁違いの情報を手にすることができる時代となっています。

これは私たちにとって非常に嬉しいことである反面、実は危ない側面も持ち合わせています。

インターネットで検索をすれば、わからないことや困ったことがあってもすぐ解決できるようになりました。
以前であれば図書館に通ったり、本屋を巡らなくてはならなかったことでも、今は気軽に情報を得ることができるのです。

しかし自らの足を使い、人脈を駆使して得た情報とは性質が異なるともいえます。

情報の価値

自らの大きな労力が伴って、やっとのことで得た情報には大きな価値を見出せます。
しかし労せずして手にした情報は、どうしても大きな価値を見出せないものです。

たとえそれが非常に価値のある情報だとしても、個人の尺度で見ると大した価値を感じられないといえば良いでしょうか。
つまり情報の入手が簡単になるにつれ、その情報の持つ真価をはかりにくくなってしまうのです。

「どのような情報であっても等価値」
この考え方自体には一理あります。

しかし自らの労力が伴っていない場合には、この考え方が悪い方向へと進んでしまう可能性が否めません。

悪意を持ってか持たずかはわかりませんが、等価値と捉える人が多ければ多いほど、情報提供側としては安価に済ませることもできてしまいます。

その結果として待っているのは、玉石混淆の情報の氾濫です。
まさに情報世界におけるケイオス(混沌)なのです。

人は弱いもの

人間は自分の尺度で物事を捉えるものです。
どのような方法で入手した情報であっても、自らの知識として蓄積していくことでしょう。

多くの場合、知識が集積すると「知ったつもり」という状態に陥ります。

たしかに誰かに注いでもらうお酒は美味しいものです。
しかし情報に関しては、手酌をしてでも得た情報を基に考えることが重要だといいたいのです。

書籍やインターネットに限らず、得た知的情報は単なる情報に過ぎません。
その情報を基に自分で考えて、はじめて情報は自らの力になるでしょう。

クイズ番組での優勝を狙うのであれば、最初に挙げた知的情報の収集方法で良いと思います。

しかし情報という力を得て、時として武器に、時として鎧に使うためには、そのままでは意味がありません。
なまじ知ったつもりになって他者を叩くことに利用したところで、気づいたときには何も残りはしないでしょう。

単なる知的情報の暗記・集積であれば、残念ながら物理メモリやハードディスクには敵わない時代です。

私は読者の皆さんに、自ら考えるきっかけ、そして気づきをお渡しできれば……と考えています。

Fin.

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